近年、グローバル化が加速する世界の流れに乗り、海外進出・拠点拡大を図る日本企業が増加し、
大企業だけではなく中小企業が海外展開を図るケースも目立つようになってきました。
このような潮流の中、多国籍企業数に比例するように増えているのが、海外駐在員として異国の地で働く日本人です。実際、日本の子供たちに目を向けてみると、小・中学生の海外在留邦人子女数は右肩上がりに増加しており、この傾向が強く感じられます。では、そのような海外赴任者の成功を左右する要素は一体何でしょうか。それは、語学力を磨いただけで満たされるものではありません。
鍵を握っているのは「環境変化への対応力」です。
環境変化への対応力はいかに重要か?
まずはじめに、2人の海外赴任経験者の体験談を覗いてみましょう。一人目は、家電製品メーカーの営業職としてアメリカに駐在したSさん。赴任前に英会話教室に通い、必要最低限の会話力は身に付けていましたが、現地社員となかなか上手く打ち解けられず、心の距離を感じていました。
そこで、日本の職場で積極的に行っていた「飲みニケーション」を通して、本音を聞き出す機会を得て彼らと近づこうと考えました。しかし、アメリカ人の同僚に、「仕事の話しを労働時間外ではしたくない」と冷たく断られてしまい、孤立を感じて自分の存在意義を見失った結果、日本本社の人事部に駐在員の交代を相談するに至りました。
二人目は、食品メーカーに勤め、マーケティング戦略を統括する役割としてヨーロッパの国に駐在することになったMさん。日本人は自分一人、イギリス人の上司に加え、アメリカ、イタリア、スイス、ドイツやクロアチアと、バラエティーに富んだ国々から集まったチームメンバーがいるオフィスに配属されました。赴任当初は、馴染みのない国での会議には知らない企業名や地名が頻発し、中々意見を出せない自分に対して無能感を強く感じていました。しかし、買い物ついでに色々なお店へ足を運んで店名とお店の雰囲気を一致させたり、現地の同僚にその国の流儀を教えてもらったりすることを繰り返すうちに、段々と会議についていけるようになりました。さらに、会社のフットサルチームに入り、「スポーツは国境を超える」という表現通り、社内の様々な人々と仲良くなりました。
そのおかげで色々な部署の情報が入ってくるようになり、いつしか肩の力が抜け、徐々に会社の雰囲気に馴染んでいきました。
この両者を失敗と成功に隔てたものは何でしょうか。それは、やはり環境変化への対応力です。前者のSさんは、日本でのやり方が海外にも通用すると思い込んでいたために上手くいかず、自信の喪失に繋がってしまいました。確かに日本では、仕事帰りにそのまま職場の仲間と居酒屋で話すことは多く、距離を縮めるために不可欠な機会として捉えられています。対して、アメリカでは仕事が終わってから飲みに行くような習慣はなく、公私の区別がはっきりしています。Sさんは、この違いを理解していなかったために、アメリカ人同僚の態度にショックを受けてしまいました。もし、両国の文化の違いをしっかりと理解し、仕事を通じて人間関係を良くできていたら、違う道が拓けていたのではないでしょうか。一方で、後者のMさんは、最初は環境の違いにとまどったものの、相手国の文化を知ろうと積極的に働きかけた努力が功を奏し、上手く適応することができました。このように、環境変化への対応力は海外駐在員として成功するための肝心な役割を果たします。
文化の違いを乗り越えるに必要なスキルセット
では、なぜ日本人海外赴任者にとって環境変化への対応力が重要なのでしょうか。まず、日本は独自の文化を持ちながら、世界レベルで企業が活躍している稀有な国です。ビジネス文化は各国でそれぞれ異なりますが、日本は特に異質だと言われています。海外駐在では管理職以上の役割を任されるケースがほとんどであり、現地社員を統率しなければなりません。そのため、海外赴任者は日本と他国との違いを認識して学ぶ必要があります。そして、その違いを乗り越えるために、コミュニケーションスキル、ビジネススキル、リーダーシップスキルを学び、これらのスキル習得の必要条件として、成長マインドセットを得ることが非常に大切です。
コミュニケーションススキル
まず一つ目に、日本人のコミュニケーションスタイルは特徴的であると言われています。その代表的な例として、ハイコンテクスト、上下関係の強さ、曖昧な返事の3つが挙げられます。
暗黙知を前提とするハイコンテクストの文化を持つ日本人は、相手に対して全てを伝えなくても、行間を読んで汲み取ってくれることを無意識のうちに期待しています。対して、アメリカなどの「伝える文化」を持つ国々では、コミュニケーションをはかる上で、重要な情報を明確に伝える傾向にあります。例えば仕事中の会話で、「この前のクライアント会議はうまくいったの?結果はどうだった?」と聞かれたとき、「利害関係を調整するのが難しくて大変だったよ。やはり下調べは大切だね」と、日本人は結論を明確にせずに状況を説明することが多いですが、察する技術で推測するために会話が成立してしまいます。一方で、言葉による表現を大切にする文化をもつアメリカ人は、「会議は大成功だったよ。上手く進みそうだね」と、質問に対する回答を明確に伝えます。このような違いを認識せずにいると、日本人的な答え方をして結局何を言いたいのかが伝わらず、説明する側として無責任であると勘違いを招くことに繋がりかねません。外国人経営者の、「日本人に最もお願いしたいのは、頷いたり、ありがとうと言ったりするのではなく、率直に話してほしいということである。何を求めているのかわからない」という評価にも、この特徴がよく表れています。会話の中で明確に答えることを意識する必要が
あります。
また、近年は風通しの良い企業風土が好まれる傾向にあるとはいえ、中高時代の部活の先輩・後輩の
関係のように、年齢をもとにした縦社会への意識が未だに強く残っています。そのため、年下の部下に対して命令口調で要求をしたり、尊敬の念を欠いたダメ出しをしたりすることは、許容されてしまう
傾向にあります。
さらに、相手に対してはっきりと意見を主張することを嫌い、曖昧な返事で返すことを好みます。対立することに対してとても強い抵抗感があり回避的であるため、話したくなくても話すべきことを話す
米国人の考え方とは、大きなギャップがあります。心の中では「ノー」と思っていても口には出せず、
遠回しの表現でその場をしのいだという経験は、多くの人が持っているのではないでしょうか。
二つ目に、ビジネス環境下における日本企業独特の文化も存在しています。例えば、意思決定のスピード感やプロジェクトマネジメント力は、日本企業が改革を迫られている課題の一つです。
意思決定のスピードの遅さは、特に大企業で顕著です。
いくつもの段階を踏んで承認を得る必要があるため、上司が責任をもって部下に決断の自由を与える他国のスピード感に、置いて行かれることもしばしばあります。そのため、ある国の企業が他国とJVを行う際に、
安全性や信頼性を求める場合は日本企業が選ばれるが、スピード感を求める案件の場合は韓国やシンガポールの企業が提携先として好まれるという傾向もみられます。これは、日本企業は様々なリスクに対するシミュレーションをしている、多くのステークホルダーの立場を検討しているからです。確かに、一度決めたことに対する実行能力の高さや、創り出されるモノ・技術の信頼性の高さには、海外企業や外資系ファンドから高い評価を得ています。しかし、リスクの最小化に注力するが故に、ビジネスチャンスを失っていることも事実です。外国人経営陣からは、「日本企業の文化は非常に官僚的であり、
何をするにも時間がかかる。日本人は会議以外の場で物事を進めたがる」「私がCEOだったときは、
投資意思決定は1カ月程度であったが、日本企業による買収後は投資意思決定に約1年を要する場合もある。その結果、ビジネス機会を逸してしまっているのではないかと思う部分がある」と、揶揄されています。逆に、日本人駐在員からは、スピード感が求められるスタートアップ投資において、「通常の事業会社へのM&Aと同様のフレームワークで審査したため、経営陣の説得にあたり苦労した」という声もあり、思い切った意思決定力に欠けていることが伺えます。
また、日本型企業においては、歴史と伝統があり組織構造がしっかりとした大企業、つまりマトリックス型よりアメーバ型に寄った組織であるほど、プロジェクトマネジメントが失敗すると言われています。その根本的な原因は、プロジェクトを成功させても評価されにくい一方で、失敗をすれば大きく減点される人事評価制度にあります。このような制度の下では、当然社員はベンチャー精神を失い、失敗を恐れる体質になってしまいます。プロジェクトに関わろうとする社員が減り、プロジェクトマネージャーが育たなくなる結果、プロジェクトマネジメントが上手く機能しなくなるのです。近年はジョブ型雇用、中途採用が広まってきているものの、未だに新卒一括採用、終身雇用の文化が根付いていることも、外部からの意見を遮断し、この傾向を助長しています。
チーム内で役割を補完し合う柔軟さを強みとして持つ日本企業は、職務記述書が曖昧であるため、社員を入れ替えるコストが非常に高くなっているのです。
このようなビジネス文化の特徴を踏まえた上で、グローバルスタンダードな意思決定やプロジェクトマネジメントの方法を学ぶことは、海外駐在員の適応を手助けします。
三つ目に、リーダーシップスキルの必要性が挙げられます。海外駐在では、役職名が日本にいたときより、平均で1.8ランクアップすると言われており、前述したように管理職以上の役割を任されるケースがほとんどです。つまり、日本本社では部下を統率する必要などなかった人々が、
赴任先では現地社員をマネジメントしなければならなくなるのです。現地のスタッフをしっかりと統率するためにも、異なる文化を持つ人とも偏見なく積極的にコミュニケーションを取り、信頼関係を築いていく必要があります。例えば、マルチタスクを好まない人々に対して、仕事の優先順位を明確にしたり、能力主義で評価される人事制度下では担当者ではなく上司から
指示が出るようにしたり、やり方を工夫すれば従業員のモチベーションをうまく管理できるようになります。
このように、単一の日本文化に支配された環境の外に出て、かつ現地の人々をマネジメントする役割が与えられるため、日本人海外赴任者には高いリーダーシップスキルが求められているのです。
マインドセットの変化
そして、これらのスキル習得へのモチベーションを獲得するためには、マインドセットの変化も重要です。日本人の多くは硬直マインドセットを持っています。そのため、他人は自分のことを才能や結果で判断すると考え、成果に対して過度なプレッシャーを感じたりミスを避けたりして、結果自体を自尊心に繋げる傾向にあります。しかし、このようなマインドセットでは自信や自尊心を保とうと安全で簡単な方法を選ぶようになってしまいます。むしろ、海外駐在員にとって不可欠なのは、成長マインドセットです。グローバルな環境に適応するために、正しい知識とスキルを身につけようとする意欲をもつ
必要があるからです。ミスは学びであると思って学習を楽しみ、リスクのあることに挑戦することや
改善するためのフィードバックを楽しい機会として捉えるべきです。ケーススタディで紹介したMさんは、他国を理解するための学びを楽しんでいた、良い成長マインドセットの例といえます。
海外駐在員は、このような文化の違いを自覚し、その先にあるコミュニケーションスキル、ビジネススキル、リーダーシップスキルの学びの必要性を認識するべきです。その前提として、一見習得が難しそうな成長マインドセットも、適切なトレーニングと実践により身につけることができます。
効果的な事前研修が行われているか?
では、日本人海外赴任者が適応力を身につけることに苦労しているのはなぜでしょうか。それは、海外赴任者向け
研修が質的・量的に不足していることに起因しています。
まず、赴任者を十分にトレーニングする時間が設けられていません。ほとんどの日本企業では、
海外赴任前に不安な気持ちを持つ社員は多いにも関わらず、語学以外の集合型赴任前研修に対する
満足度があまり高くないのが現状です。特に、中小企業では研修制度が整っておらず、適正な人材が
育っていないことが課題となっています。
また、日本企業がよく陥る傾向として、海外駐在人材育成のための研修において、語学力向上に焦点が置かれ、その他に必要な知識を得る機会が乏しいことがあります。そして、駐在員だけではなく、
派遣を指示する経営幹部や人材育成を行う人事部までもがビジネス文化への違いに対して無自覚・
無関心であったり、マインドセットを変える重要性を理解していなかったりすると、トレーニングの
あるべき方向性を間違えることに繋がります。
このように、複数の要因が絡み合って日本人海外赴任者の異文化理解力の向上を阻止しているのです。
海外駐在員としての成功を後押しするためには、自分たちの文化が他の国の文化と異なっていることを自覚し、その違いに適応するために必要な変化に気づき、そしてその気づきに基づいて行動するためのモチベーション、パワー、スキルを身につける機会を、赴任前に得るべきです。
自分自身を全て「変化」させて、外国人と同じになる必要があるわけではありません。文化の違いを尊重し、誰もが居心地良く過ごすために、その違いに適応できるような変化、つまり現在のスキルセットに新しい重要なスキルを道具として加えること、その意思を持てば良いということです。
適切な新しいスキルの習得を意識的に起こせるようになれば、日本人ならではの良さを持ちつつも、
グローバルな環境下でも通用する、ハイブリッドなグローバル人材になれるに違いありません。
成功する駐在員
グローバルリーダーになる準備は出来ていますか?
国際的なリーダーになるには全く新しいスキルが必要です。誰もが準備万全ではありません。
新しい環境では仕事の仕方に戸惑って、能力を発揮できないこともあります。
駐在員の成功を最大限にするには?